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  • 執筆者の写真 GLA

GLAlog-010/ゲントな建築行脚003-清華亭-

更新日:2020年3月1日


皆様、いつもGLAlogを読んでいただき大変ありがとうございます。


本日は、あまり人気のないシリーズ

ゲントな建築行脚003

をお届けしたいと思います。


なんでしょう。

僕の説明が長くて嫌気がさすのでしょうか。。。


それでは端的に行きたいと思います。


今回はチカバです!

明治初期の傑作、「清華亭」です。

ご存じない方も多いのではないかと思います。

北海道大学と札幌駅の間位にある札幌市の指定有形文化財です。

ひっそりと建っているので見過ごしてしまうかもしれません。


僕は学生時代から気に入ってまして

今回久しぶりに行ってみたのです。


うーん。やはり、いい。

端正な意匠と造り。

まさに、古美る建築です。


自然素材のみで構成されると、このように時をまとうことができる。

どうしても、品質やメンテナンスが良いとされる現代の外装材は

どんどん、汚くなってしまう。

古く、美しくはならないのです。

非常に残念ですね。

エイジングしながら深くなり、品質が維持できる素材が

開発されることを期待しておりますが

開発されることもないのでしょう。。。


残念です。


アプローチはこのような雰囲気です。

薄暗い中の石畳がいいですね。


右を向きますと

これです。

しびれます。

丁寧に作られています。


そのまま石畳に導かれると玄関に至ります。

写真では見えにくいですが、屋根に近い上部に★マークが二つくり抜かれています。

明治初期の開拓期、北海道のシンボルとして北極星をモチーフとした五稜星をあしらえていました。

素朴な表情でありながら品のある風格です。

材料は全て道産材で、建材としては主にトドマツ、一部アカマツが使用され

造作材としては、ヤチダモ、カバ、セン、カツラが使用されております。

この清華亭は、札幌の最初の都市型公園であった

「偕楽園(ともにたのしむ園の意)」の中に

開拓使が貴賓接待所として建てたものだそうで

設計は開拓使の工業局が担当し約8か月の工事の末明治13年に完成しています。

明治天皇が翌年、こちらでご休息され

中島公園にある豊平館に宿泊されたそうです。


当時の開拓使長官、黒田清隆によって「水木清華亭」と名付けられたことから

現在「清華亭」と呼ばれています。


さあ、中に入ってみましょう。

玄関内部です。

洋風のインテリアの奥に和室が見えます。

右手に洋間があります。

各室への開口の枠が非常にゴツく、重厚感を演出します。


ちなみに平面図はこのような形。

延床面積で37.2坪。

平屋としてはやはり大きいでしょうか。

前述した洋間。

明治期に多い和洋折衷です。

シャンデリアも何とも言えず大変素晴らしいです。

やはりこのために設計されたものなのでしょうか?

そしてその上部の円ですがメダリオンとよばれる飾りですが

これ、漆喰を左官技術で作り上げているのです。

その中には鏝絵で桔梗を彫刻しております。

日本の植物を入れ込むなどいたるところで和洋折衷の試みが見られます。

単純に洋風住宅を輸入しているわけではないところがとても共感できます。


住宅地に輸入住宅がポンと建っているをみると違和感を感じざるを得ません。

この「清華亭」のように日本のフィルターをかましてほしい。。。

ほんと。。。

そして続き間の和室です。

いやー、我ながらいい写真です。

建築が良ければ、おのずといい写真となってしまう。

縁側も効果がありますね。

左手に下の写真の床の間が見えます。


右手の書は明治天皇が詠まれた歌。

その右には書院がついております。

もう少し左を見ると

先ほどのホールと洋間が見えております。

開口枠のサイズなど非常に苦慮されたのではないかと思います。

一見すると調和しているようにも見えますが、やはり気持ち悪いですね。

同じ空間に和洋がぶつかりあって結局混ざり切らなかった面白い写真です。

それでも、その努力は認めざるを得ない力強さがあります。

庭を見た写真。

奥には偕楽園が広がっております。

縁側の写真。

よく見てください。

そう、この照明。

竹だけで構成されています。

しびれます。

すごくいい、だれかこれを商品化して!

そして先ほどの和歌。

字が崩れていて何を書いているのか、もはやわかりません。

ただ、猛烈に惹かれます。

以前、このような連綿体のような建築が作りたいと書いたことがあります。